LETTER TO CEO 2019

企業理念と収益

2019年1月15日

私は毎年、私どものお客様が弊社を通じて投資をされる投資先企業の皆様宛に書簡をお送りしています。そのお客様の大部分は長い投資期間を想定しており、退職資金の準備をされています。貴社の株主でもあるそうしたお客様に対する受託者責任を果たすためにも、私たちは持続可能で長期的な成長や収益性を実現する施策を重視しています。2019年を迎え、世界情勢がますます不安定さを増し、企業や政府がややもすると短期的な行動に偏る懸念があるなかで、こうした長期的な視点を持つことはかつてなく重要であると考えています。

市場に不透明感が蔓延し信頼感が後退するなかで、多くの人々が、景気後退リスクが高まっていると感じています。長年にわたる賃金の低迷に対する不満、技術革新により雇用を奪われるのではないかという不安、そして将来に対する不透明感等が世界のいたるところで人々の怒りを煽り、ナショナリズムや排他主義を招いています。これに伴い、世界のお手本となるべき民主主義国家が深刻な政治機能不全に陥り、人々の不満を和らげるどころか増幅させ、多国間主義や公的機関への信頼も崩れつつあります。

経済構造が根本的に変化し、各国政府が持続的な解決策を十分に提示できていないことを受け、社会はこうした喫緊の社会的・経済的な課題への対応を企業に期待するようになっています。これは、上場・非上場企業の如何に関わりありません。こうした社会の要請は、環境保護の問題から退職の問題、男女・人種間の不平等の問題等、さまざまな課題に及びます。また、ソーシャルメディアが普及したことで、社会からの企業に対する圧力はかつてなく速く醸成され、広がりをみせています。こうした圧力に加えて、景気サイクルの後期にありがちなボラティリティの上昇、そして時に長期的な成長を犠牲にして短期的な収益を優先するという機運を高めてしまう状況の中で、企業は微妙な舵取りを求められています。

企業理念と収益は表裏一体

私は昨年、企業にはこの困難な環境を乗り越える枠組みが必要であり、そのために、企業のビジネスモデルや戦略の中で企業理念を具現化することから始める必要がある、と申し上げました。ここでいう企業理念は、単なるキャッチコピーやマーケティングのキャンペーンではなく、その企業がなぜ存在するのか、日々、ステークホルダーに対する価値を創造するために何を行っているのか、といったことを意味します。企業理念は単に利益を追求することではなく、それを達成するための活力であるということができるでしょう。

利益の追求と企業理念は矛盾するものではなく、むしろ分かつことができない程に密接に関連しています。企業が株主、従業員、顧客、地域社会などすべてのステークホルダーに長期に亘り貢献するためには、利益の創出が必要不可欠です。それと同様に、企業がその存在意義を真に理解して行動に移すとき、長期的な収益力の向上をもたらす明快で戦略的な行動規範となって機能し、経営陣や従業員、地域社会の結束を強固なものにします。また、それは倫理的な行動を促すとともに、ステークホルダーの最善の利益に反する行為に対するチェック機能も果たします。企業理念は企業文化を醸成し、一貫性のある意思決定のための枠組みを提供します。そして、結果的に貴社の株主に対する長期的なリターンを創出するために寄与するでしょう。

世界が求める貴殿のリーダーシップ

私自身、CEOとして、今日の分断された世界において企業が直面するプレッシャーとその中で舵取りをしていくことの困難さを、身をもって感じています。企業は、政府が効果的な施策を実現できていないのではないかと考えるステークホルダーから、慎重な対応が求められる社会的な問題や政治上の課題に取り組むよう求められています。CEOが常に課題に上手く対応できているとは限りませんし、ある企業にとっての正解が他の企業にとってはそうでないこともあります。

しかし、こうした状況で、ひとつだけ確かなことがあります。それは、世界が貴殿のリーダーシップを必要としているということです。世界的に分断が一段と深まる中、企業は、事業を行う国や地域社会に対してコミットしていることを示さなくてはいけません。とりわけ、世界が将来繁栄するために重要な課題にいかに取り組んでいるかを示すべきです。もちろん企業が社会的に重要な問題をすべて解決できるわけではありませんが、退職後の準備からインフラ整備、将来の職業に必要な労働者の教育に至るまで、企業のリーダーシップなしには解決できない課題が山積しています。

特に人々の退職後に向けた準備は、企業がかつて果たしてきたリーダーシップを改めて発揮することが求められる分野です。20世紀のほとんどの期間、多くの国では雇用主が労働者の退職後の生活設計を支援する責務を負うのが当たり前でした。現在、確定拠出型年金制度への移行に伴って社会構造が変化しており、米国を筆頭に複数の国々で、多くの労働者が退職後の生活への備えが不十分な状態にあります。そしてほぼすべての国々で、長寿化とそれを支える経済的な裏付けの欠如という課題に直面しています。このような退職後の生活への準備不足が、深刻な不安や恐怖心を堆積させ、職場の生産性を低下させ、ポピュリズムの台頭の一因となっているのです。

こうした現状を鑑みると、企業は自社の従業員が退職後の生活に備えることができるよう、より大きな責任を担うことを受け入れなければなりません。それはつまり、自社の能力や専門性を駆使してイノベーションを起こし、この世界的な課題に取り組むということです。この取り組みを通じて、企業は熱意をもって継続的に自社を支えてくれる従業員を創出し、事業展開する地域の人々も経済的により安定した生活を送ることができるようになるでしょう。

新しい世代にとっての企業理念

企業理念を遂行し、ステークホルダーに対する責務を全うする企業は、長期的に対価を得ることができる一方、それを怠る企業は立ち行かなくなるでしょう。社会がより厳格な基準で企業を評価するようになっているため、こうした動きはますます明確なものになっています。さらに、現在、労働人口の約35%を占めるミレニアル世代が、自身が働く企業、製品を購入する企業、そして投資をする企業に対して発言権を増していくにつれ、こうした傾向はさらに加速するでしょう。

また、優れた人材を獲得するために、企業理念を明示することが必須の条件となりつつあります。世界的に失業率が低下していることで、企業理念、優先課題、さらには事業内容についても、株主だけでなく、従業員の発言権が増しています。この1年、世界でも最も熟練したスキルを持つ従業員がストライキを行い、激しい議論が交わされる集会に参加して、企業理念の重要性について自身の考えを示すようになっています。こうした現象は、ミレニアル世代やそれよりも若い世代が企業で重要なポジションを占める割合が増すにつれて、増加の一途を辿るでしょう。コンサルティング会社のデロイトが実施した最近の調査によると、ミレニアル世代に企業の存在意義とは何かを尋ねたところ、回答者の63%強が「利益の創出」ではなく「社会をよりよくすること」と答えています。

今後、こうした世代の考えは、従業員としてだけでなく、投資家としての意思決定のあり方も変えるでしょう。我々は史上最大となるであろう、24兆ドル規模のベビーブーマーからミレニアル世代への富の移転を目の当たりにすることが予期されているからです。こうした富の移転と投資志向の変化に伴い、企業評価において環境・社会・ガバナンス(ESG)の要素がますます重要な意味を持つようになります。弊社がESGの要素を計測するためにデータ分析の向上に膨大なリソースを投下し、あらゆる投資プラットフォームにESGの視点を取り入れ、弊社のお客様が投資している企業がどのようにESGに取り組んでいるかを深く理解すべく企業と積極的な関わりを持つ理由の1つも、この点にあります。

ブラックロックが2019年に取り組む重要事項

ブラックロックは、本年度のスチュワードシップ活動において、ガバナンス、取締役会の構成におけるダイバーシティ、企業戦略と資本配分、長期主義を促すための報酬制度、環境リスクと事業機会、人材マネジメントなどの事項を優先する方針です。こうした優先事項は、企業の次の四半期の見通しではなく、弊社のお客様が想定する、より長期の見通しに影響を与える課題を重視する弊社の方針を反映しています。

貴社とのエンゲージメント活動において、弊社は日々の業務ではなく、長期的な成長を達成するための貴社の戦略を理解することに重点を置きます。昨年お伝えしたように、対話を生産的なものにするためには、議決権行使の票読みに議論が集中しがちな株主総会の時期だけでなく、年間を通じて継続的に行うべきです。

企業は、重要な戦略を達成するために難しい決断を迫られることが多いことも事実です。 これには、ステークホルダーの期待の変化を受けて特定の事業や市場を維持すべきか否か、場合によっては従業員の構成を見直すかどうか、といった判断も含まれます。ブラックロックでは、複数年に亘り年間7%のペースで従業員数を増やしてきましたが、長期的な成長を確かなものとするために、最近、人材への再投資を目的とした人員削減を実施しました。企業理念を明確にすることにより、企業はこうした戦略的な優先事項をより効果的に長期目標の達成につなげることができるでしょう。

この1年間、弊社のスチュワードシップ・チームが企業と対話する中で、企業理念が企業文化や企業戦略とどのように整合しているか伺う機会に恵まれました。当然ながら、こうした対話は、企業がどのような理念を持つべきかを説くことを意図しているわけではありません。それは、企業の経営陣および取締役会の役目です。むしろ、弊社は持続的な業績を支える戦略と企業文化が企業理念を通じてどのように体現されているかを理解することを目指しています。これらの課題に対するアプローチについての詳細は BlackRock.com/purpose にて説明させていただいています。

私は、世界中のより多くの投資家や企業が長期的なアプローチを重視すると信じており、その点において楽観的です。弊社のお客様にとって重要な経済的な目標を達成するためには、長期的なアプローチが不可欠です。同時に、世の中は事業運営における長期的なアプローチを貴社に期待しています。政治経済の両面で混乱が高まる今こそ、貴社のリーダーシップが強く求められています。

ブラックロック・インク
会長兼最高経営責任者(CEO)
ラリー・フィンク

Larry Fink
Chairman and Chief Executive Officer

MKTGM0624A/S-3639655


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