LETTER TO CEO 2016

2016年2月18日

私およびブラックロック・グループ(以下、当社)はかねてより、企業価値創造に悪影響を及ぼす短期主義の強い圧力に屈することのないよう、代表的な企業経営者の皆様に書簡にてお伝えして参りました。こうした短期主義の影響力を弱め、企業の長期的な成長に向けた投資を支援することこそが、退職後の生活資金等の長期目標のために地道に投資する当社の顧客、ひいては日本そしてグローバル経済全体のために極めて重要であると考えるためです。

長期的な視点の重要性について、多くの企業経営者から力強い賛同の声をいただく一方で、数多くの企業が将来的な投資余力を損ないかねない行動を依然として取り続けています。2015年のS&P500企業の配当の利益に占める割合は2009年以降で最高水準となり、また、2015年第3四半期末時点の自社株買いの総額は前年比で27%増加しました。余剰資金の株主還元には賛成ですが、価値創出のための投資を犠牲にする場合には同意できません。我々は今後も、企業が各々の長期的な成長戦略を支えるバランスの取れた資本政策を採用するよう働きかけていきます。

また当社は、企業には自社の成長戦略を、透明性を担保した上で積極的に開示する義務があると考えています。これは、開示された成長戦略やその進捗を株主が評価できることが重要であるからです。

そのため、当社は、企業経営者が長期的な企業価値創出のための戦略的な枠組みを毎年、株主に説明するようお願いしています。また、事業戦略の策定において取締役会が担う責務は極めて大きいため、企業経営者は自社の取締役会が戦略を議論し、承認したことを示す必要があると当社は考えています。当社のコーポレートガバナンスチームは企業との対話を通じ、こうした枠組みや取締役会での議論を求めていきます。

株主向けのアニュアルレポートをはじめとする株主へのコミュニケーションの多くは、過去を振り返るにとどまり、将来に向けた経営陣のビジョンや展望が明確に示されていない傾向にあります。しかし、投資家を含むステークホルダーが真に求めているのは、企業が競争環境をどのように勝ち抜いていくか、いかにイノベーションをおこすか、技術革新や地政学的な事象にどのように対処するか、どこに投資するか、人材をどのように育成するか等、将来に向けた前向きな視点です。この方向性のもと、企業は長期的な成長を促す枠組みを定着させるために、自社や業界の状況を踏まえた経営指標を策定することが重要です。そして、長期的な報酬制度も、この経営指標と整合性をもって設計されるべきです。

企業が激動する厳しい外的環境の変化に直面していることは十分に認識しています。このような状況について十分に説明いただければ、長期株主は、足元の環境の変化に対応して方向転換しなければならないという企業の状況を理解するとともに、そのように行動を起こすことを期待するでしょう。しかし、投資家が短期的な視点を持ってしまう原因の一つとして、企業が自社を取り巻く環境、直面する競争、技術等におけるイノベーションが事業に及ぼす影響について投資家の理解を十分に得られていないことがあるのではないでしょうか。

長期戦略の明示がない場合、企業は長期投資家からの信任を失う恐れがあります。同時に、長期的価値を犠牲にしても短期利益を最大化することを求める投資家からの圧力に身をさらすことにもなります。実際、短期投資家やアナリストが企業自身よりも説得力のあるビジョンを示し、それが経営基盤の不安定化につながることすらあります。

アクティビストが長期的価値の創出を重視し、経営陣より優れた戦略を提案する場合もあるでしょう。そのような場合、当社のコーポレートガバナンスチームはアクティビストの提案を支持します。事実、2015年に開催された株主総会において、米国の大手18社(時価総額ベース)中、7社、39%の割合で当社は、このようなアクティビストに賛同しました。

しかしながら、価値創出のプランは委任状争奪戦で強要されたものよりも、企業自身が策定し実行する方が本来望ましいとの信念を持っています。企業の長期戦略、戦略決定プロセス、事業に影響を及ぼす外的要因等について理解を深めることで、株主は通期業績についてもより正しく評価できるようになるでしょう。

企業が長期的な成長戦略の枠組みを明確に示すようになれば、四半期ごとの一株あたり利益(EPS)予想を開示する必要性も薄れますし、その場合、当社は、そのようなガイダンスの公表を企業がやめることを支持します。今日散見される過熱気味ともいえる四半期決算を取り巻く慣行は、当社が求める長期的アプローチとは正反対のものです。ただし、誤解のないよう申し上げますが、四半期ごとの決算発表は今後も必要であると考えており、長期主義を重視するからと言って透明性を軽視しているわけではありません。お伝えしたいのは、企業経営者はEPSが自社目標やアナリスト予想から1円ずれたというようなことではなく、長期戦略に対する進捗の報告にもっと重点を置くべきではないかということです。

長期戦略が投資家に正しく理解されれば、四半期決算報告は短期主義のツールから、長期的な投資に不可欠なものへと進化していくでしょう。それは有益な「心電図」として、価値創出に向けた長期戦略における企業の進捗状況を確認することにも役立ちます。

当社はまた、取締役会が事業戦略を十分に精査したことを株主に明示するよう企業に提案しています。取締役会には戦略を精査し、理解し、審議し、課題を見出す責務があります。この責任を果たすために、必要な情報が提供され、厳しい議論が交わされることを期待しています。

持続可能な利益を長期間に亘り生み出すには、ガバナンスのみに注力するのではなく、企業をとりまく環境や社会への配慮も必要です。環境・社会・ガバナンス(ESG)に関しては、機会とリスクの双方がもたらされます。気候変動に関するパリ協定で、世界各国の政治指導者がESGに焦点をあてているにもかかわらず、企業はあまりにも長い間、これを事業における中核的なテーマであると捉えてきませんでした。気候変動やダイバーシティ(多様性)、さらには取締役会の実効性と多岐にわたるESGに関する課題は、長い目で見ると定量化可能な形で財務的な影響をもたらすでしょう。

ESG課題に真摯に対応する取り組みが、事業運営面の優位性を示すシグナルであることが少なくありません。そのため、ブラックロックは数年に亘りESG評価を投資プロセスに組み込むことに注力しており、また企業にもESGを戦略的にとらえることを期待しています。なお最近の米労働省の発表では、年金運用者が投資判断にESGの要素を取り入れて差し支えないとの方針を明らかにしています。

短期的成果を必要以上に重視する傾向を是正するには、CEOや取締役会だけの力では難しく、投資家、メディア、政策決定者のそれぞれに果たすべき役割があります。政府にとっての「長期的」が次の選挙までの期間を指すことも少なくありませんが、こうした考え方は各国の経済基盤を蝕んでいるのではないでしょうか。

政策決定者は、長期的な価値創出を後押しする政策を推進する必要があります。一方で企業は、インフラの整備や抜本的な税制改革が1~2四半期で実現するものではないことを理解しつつも、この分野で効果的な長期政策がなければ経済界のエコシステム自体が弱体化し、長期的な成長機会の芽が摘まれてしまうことを認識する必要があります。

企業、ひいては経済全体の成長のために、以下の二つの点において、政策決定者による長期的な視野に基づくリーダーシップの発揮が期待されていると考えます。

  • 税制において長期的な視野に立った企業行動を促す仕組みが必要です。例えばキャピタルゲイン税制では、3年を超える投資については年を追うごとに漸進的に税率を引き下げ、10年を超える投資については0%とするなど、長期投資を促すよう舵を切るべきと考えます。
  • 道路、上下水道、送電網等の社会インフラのための投資が世界的に慢性的な不足におちいっていますが、これを変える必要があります。例えば米国では、社会インフラ整備のために企業及び家計は今後5年間に亘り1.8兆ドルもの経済的負担を強いられ、また社会インフラの不足が企業の成長に明らかな阻害要因となります。一方で、社会インフラへの積極投資は、世界的に格差の拡大が深刻化している中、雇用の創出をはじめとする様々な恩恵が期待できることからとりわけ新興国市場の健全な成長のために不可欠です。
    このように世界的に社会インフラ整備における途方もない規模の需要があるものの、各国政府は財政面での制約により関連投資を絞る傾向にあることから、社会インフラ整備に必要な資金には大きな需給ギャップが存在すると考えられます。そのため、企業も投資家も、このような溝を埋めるべく、社会インフラ分野における民間資金の活用を促す政策導入を提起する等、より積極的に働きかけるべきでしょう。

この数年、長期的な視点を育むための方策について活発な議論が交わされています。こうした議論は好ましいことですが、慣習や政策を見直さない限り目標を達成することはできません。そして貴役を含む経済界のリーダーには、その議論の中で果たすべき重要な役割があります。

企業経営者はこれまでも、未来志向で経済を語ってきました。資本市場、政治、そして社会全体において先行きに対する不安や不透明感が高まっている今、投資家が最も期待するのは、企業経営者による自社の成長に向けた将来的なビジョンや、持続可能な成長を実現するために必要な政策に関する考え方です。こうした課題の解決は我々の手にかかっています。ぜひ皆様とともに、その解を模索していきたいと思います。

ブラックロック・インク
会長兼最高経営責任者(CEO)
ラリー・フィンク

Larry Fink
Chairman and Chief Executive Officer

MKTGM0624A/S-3639655


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